私はこうして継ぐことになった

社長・森川明子の写真

平成17年、当時の社長(父)がいつまでも自分がトップを引いていたらこの会社先がないなと思い社員1人づつ個人面談をして『この会社やってみないか?』と聞きました。

しかし誰も私にやらせてくださいと言ってくる人はいませんでした。
仕方なく長女に話しをしましたがここでもまたきっぱり断れました。

そうして最後に残った私に『やってみないか』と。
「やるしかないでしょ」と半分勢い半分ノリで決まったのでした。

【この時はこんなに早く社長になるとは
少しも考えていませんでした】


そしてこの話しが決まった3日後に運命の電話がなりました。
墨田区が取り組んでいる〈フロンティア墨田塾〉という後継者育成塾へのお誘いでした。
なんというタイミング!渡りに船だという事で入塾を決め1年間勉強をしました。

そしてどうせやるなら少しでも早い方がいい。
その分社長業のキャリアをつめるし、父の目が黒いうちに交代しておくべきだ。

そのかわり俺は会長にはならない。
専務に降格して作業に専念させてほしいという事になり、
平成18年5月に若干25歳で社長業見習いが始まりました。

2006/12/21UPDATED |

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